May 27, 2012


allthingseurope:

Romania- Brasov central square (by Mizz Ana)

ルーマニアの町ブラショフ(ブラッソ)。ブラッサイの生まれたところ。

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Romania- Brasov central square (by Mizz Ana)

ルーマニアの町ブラショフ(ブラッソ)。ブラッサイの生まれたところ。

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May 14, 2012


6 Avril 2012…

連休最終日、嫁さん出勤で独り。天気も良いしお昼くらいは出かけてみようと外に出たら、強い風。どこかで昼ご飯を食べるくらいだし、とそのまま自転車を漕ぎ始める。

鷺ノ宮の蕎麦屋、うーん、まだ腹は大丈夫だからともう少し進む。毎週土曜日の「通学路」をさらに南下。阿佐ヶ谷近辺、どんな店があるのかよく知らないし、などとぼんやりしているうちに青梅街道にまで出てしまう。 そうだ、荻窪のラーメン屋というのはどうだろう、前から気になっていたし、と青梅街道を下り始める(天沼陸橋をひいこら越えてきたので、「上った」気分)。

タウンセブンに自転車を止めて、さあ… と件の店に近づくと、正午はだいぶ過ぎているのに待ち行列が目に入る。今日は暑いし、とまた気分が変わり、とはいえ何を食べよう、もう少し空腹になるまで、と歩いてみる。教会通り、若杉小辺りをうろうろ。あの質屋、まだあるなんて言っているうち、再びタウンセブン脇の白山通り辺りに。いよいよ不審人物になってきた。途中、以前食事したことのあるピッツァのレストランを通りすぎる。独りでピッツァというのもなんだしなあ、でもカウンター席が空いてるなあ、などと見遣っていると、徘徊はもういい加減にしろとお腹に怒られる。

シャンディガフをひっかけながら、思いきってトマトとチーズたっぷりのピッツァを一枚頼んでみる。意外とペロリと食べられるもんだと満悦至極。独りでだいぶ贅沢しちゃったなー、贅沢ついでに… とタウンセブン一階のとある場所に。昔からあるお店で、以前はもっと茶色っぽい風情だったのがポップな感じになっており。その色に似ていたモカのソフトクリームを注文。まさに怪しげなおっさんだなあ、などと思いつつ、そばのベンチでペロペロ。以前と同じ味かどうかはさておいて、美味しい。

帰りは教会通りの脇をそれて北北東に向かう。天沼あたりは道がくねくねで相変わらずディープ。それでも、神社を抜けて、陽射しの加減と直感を頼りに突き進むと、見たことのある幹線道路。おぉ、早稲田通り、下井草一丁目付近に出た。趣味は住宅街を散策=徘徊って、まるきりじいさんだな… あとは、白鷺を越えて鷺ノ宮の踏み切りを渡り、見慣れた風景を眺めながら無事帰宅。着いた時、時計はもうすぐ15時。思いのほか「探検」だった。ウサギにただいまなんて挨拶しているうちに急に外が暗くなり、おや?と窓の外を眺めていたら、絵に描いたようなにわか雨。雷にウサギもびっくり。一歩遅くて、びしょ濡れにでもなっていれば「物語」としては良いオチだったなあ。

写真は、白鷺ハイムの遠景。神学校の跡地にできた住宅なのだと今日初めて知った。学校は別の場所だが、中杉通り沿いにゆかりの教会がある。

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May 2, 2012


allthingseurope:

Christianshavn, Copenhagen (by :NFR:)

こういう町並みをみると、レゴがデンマーク生まれだということに改めて納得。

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Christianshavn, Copenhagen (by :NFR:)

こういう町並みをみると、レゴがデンマーク生まれだということに改めて納得。

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April 30, 2012


dailybunny:

Bunny Looks Presidential
Thanks, Sam!

二大政党の候補を押しのけて、ウサギ大統領が当選?… マニフェストは「新鮮な牧草が第一」。

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Bunny Looks Presidential

Thanks, Sam!

二大政党の候補を押しのけて、ウサギ大統領が当選?… マニフェストは「新鮮な牧草が第一」。

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April 14, 2012


Robert Doisneau, «Le Ruban de la mariée, Saint-Sauvant, Poitou», 1951
「ほかの作品に比べると少し風変わりだなぁ…」と思いつつこの写真を眺めていたら、そう感じたのは僕だけではなかったらしい。
やはり隣で写真をしげしげ見ていた年配のご婦人が、果たして僕にたいしてなのか写真にたいしてなのか、「何だか不思議な写真ねえ」と声をかけてきた。「道端に椅子が二つ並んでいて、その間を紐で結んでいるのはどういう意味なんでしょうね」(*) と返してみたら、「そうよねえ… 誰が花嫁と花婿なのかしら」「この二人じゃないですか?花束抱えていますし」「あらそう?でもそうね。… 何だか老けたカップルね、うふふふ」
もしかしたら、カップルではなくて花嫁を連れてきた父親(とその家族)なのかもしれないが。ドアノーの作品には、単純明快であまり意味深な意図を含ませるような傾向を感じないけれど、その中にあってこの写真は興味深かった。観る側であれこれと戯れたく、「写真家の遊び心」という言葉で片づけるのはもったいない感じ。
東京都写真美術館(恵比寿)にて。

(*) 詳細はよく知らないのだけど、Le Ruban de la mariée (花嫁の帯?)は、フランスの地方で行われる結婚の風習らしい。帯を切ることで家同士の垣根を取り払う、そんな意味が込められているのだろうか。〔参考〕

Robert Doisneau, «Le Ruban de la mariée, Saint-Sauvant, Poitou», 1951

「ほかの作品に比べると少し風変わりだなぁ…」と思いつつこの写真を眺めていたら、そう感じたのは僕だけではなかったらしい。

やはり隣で写真をしげしげ見ていた年配のご婦人が、果たして僕にたいしてなのか写真にたいしてなのか、「何だか不思議な写真ねえ」と声をかけてきた。「道端に椅子が二つ並んでいて、その間を紐で結んでいるのはどういう意味なんでしょうね」(*) と返してみたら、「そうよねえ… 誰が花嫁と花婿なのかしら」「この二人じゃないですか?花束抱えていますし」「あらそう?でもそうね。… 何だか老けたカップルね、うふふふ」

もしかしたら、カップルではなくて花嫁を連れてきた父親(とその家族)なのかもしれないが。ドアノーの作品には、単純明快であまり意味深な意図を含ませるような傾向を感じないけれど、その中にあってこの写真は興味深かった。観る側であれこれと戯れたく、「写真家の遊び心」という言葉で片づけるのはもったいない感じ。

東京都写真美術館(恵比寿)にて。


(*) 詳細はよく知らないのだけど、Le Ruban de la mariée (花嫁の帯?)は、フランスの地方で行われる結婚の風習らしい。帯を切ることで家同士の垣根を取り払う、そんな意味が込められているのだろうか。〔参考

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«Rétrospective Robert Doisneau» 2012 Tokyo

終生パリを愛し、日常の風景を写真に収め続けたという点では、ドアノーはアジェの後継者と言えるだろうか。とはいえ、アジェのような「記録/ルポルタージュ」の姿勢から、ドアノーは次第に個人的な感性に向かって意識的に「逸脱」していったように思う。内気な性格から(ドアノーが内気な人だったとは意外だった)当初は人間よりも風景をさかんに撮っていたようだが、人との関わりを多く積み重ねるうちに、人間を、それも有名人やセレブリティよりもパリで生活する普通の人々を好んで被写体にするようになったのかもしれない。

*

とくに、大戦中のレジスタンス活動に参加したことは大きな転機だったのではないか。それまでにも人々を写した写真はあるのだが、それらは風景の一部分にしか見えない。たんに写真のなかの人々がこちらに視線を向けていないということよりも、被写体と撮影者(ドアノー)の心理的な距離の反映なのではないかと思う。ところがレジスタンス活動に従事していた時期の作品あたりから、人間へよりクローズアップした写真が多くなっているようだ。ステレオタイプな表現を使えば、人々の息づかいが画面をとおして感じられるようになった、とも言える。(一方で、晩年に撮られた、ほとんど人気が感じられない郊外の写真には、ドアノー早期のスタイルへの回帰を感じられるような。)


Robert Doisneau, «Tout est factice», 1941-1942 (すべて偽物=闇商品)

*

ドアノーの良いところは、常に被写体にべったりなのではなく、ときにはぐっと近づきつつもときにはさっと遠のいてみたりするので、窒息感がない。写真を撮り続けるなかで被写体との「距離のバランス」ともいうべき技術を体得したのかもしれない。そういう自在さは、コクトーやボーヴォワールを撮った有名人の肖像シリーズでもうかがえた。

*

同じようにパリを撮り続けたブラッサイに比べると、ドアノーの作品は通俗的な印象がある。写真にこめたユーモアはとても解りやすいし、子供への優しいまなざしには何のてらいもない。また、すべての写真が、偶然の産物ではなく絵画的な作為を少なからず含んでいるとしても、その風景はむしろ、「そうなるべき」自然が感じられる。通俗的な視線がなければ、とうてい撮れない瞬間ばかりが、ドアノーの写真には映し出されているような気がする。

***

2012年4月14日はドアノー100歳の誕生日。昨日訪れたときはまったく気づいていなかった。

東京都写真美術館(恵比寿)

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April 8, 2012


折り紙ウサギの虹色集合。

折り紙ウサギの虹色集合。

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April 7, 2012


イースターバニーの虹色集合。

イースターバニーの虹色集合。

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April 6, 2012


allthingseurope:

Place des Vosges, Paris (by wakingphotolife:)

パリのヴォージュ広場。作品は忘れたけど、ロメールの映画にも出てきた気がする。

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Place des Vosges, Paris (by wakingphotolife:)

パリのヴォージュ広場。作品は忘れたけど、ロメールの映画にも出てきた気がする。

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otherstuffmykidloves:

The Frog in the Well by Alvin Tresselt ~ pictures by Roger Duvoisin ~ Lothrop, Lee & Shepard, 1958

「ごきげんならいおん」の挿絵を描いた人の作品。

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The Frog in the Well by Alvin Tresselt ~ pictures by Roger Duvoisin ~ Lothrop, Lee & Shepard, 1958

「ごきげんならいおん」の挿絵を描いた人の作品。

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March 30, 2012


chuckgroenink:

Here is the cover for a children’s poetry anthology I did earlier this year. When I get back from camping this weekend I’ll write some more about it.

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Here is the cover for a children’s poetry anthology I did earlier this year. When I get back from camping this weekend I’ll write some more about it.

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March 24, 2012


Les Prisons imaginaires de Giovanni Battista Piranesi

同時開催中のピラネージの『牢獄』展も見てきた。常設展示場の奥まったところにあり、たどりつくのに時間がかかった。 (それにしても西洋美術館の常設展も、少々雑多ではあるが、かなり魅力的な作品がたくさん所蔵している。侮れない。)

同じ版画でも、第1版(1749-1750)と第2版(1761)では、ずいぶんと様子が異なるもので。洗練というと、それこそ無駄なものを省いて洗い上げるものだけど、ピラネージの場合はさらにもりもりと描き込むことで、より洗練されたものに仕上げてしまったようにも見える。

「黒い脳髄」の画家(本人は建築家、都市計画者の意識の方が強かったとか)は、なるほど刺激的。『牢獄』シリーズ全作品はもちろん、ローマのあちこちを描いた veduta (都市景観画)がずらりと並んだ様もぜひ観てみたい。

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Hubert Robert - Les jardins du Temps

ユベール・ロベール展」を観覧。土曜の午後なのにわりと空いていたのは、雨天のせいか画家の認知度のせいか。

油彩画は思ったより少なく、サンギーヌ(赤茶色塗料のチョーク)のデッサンが多く。大半がヴァランス美術館所蔵の作品というところにも、この展覧会の特色があるようで。インターネット上には出展作品の画像はほとんど見当たらず。

ロベールの絵というと、丁寧に描かれた建物や遺跡の美しさに目を奪われるのだけど、凝らして見ると、やはり古典的な作品の定石ともいえる「物語」が、こちらを誘ってくる。例えば、『古代遺物の発見者たち』の中の明るい部分を順にたどっていくと、一つの画面に時系列が浮かび上がってくる。遺跡の入り口を発見し、中に入って珍しげな彫像を眺め、さらに未知の空間(地下)へと下りてゆく様子がたどれる。

廃虚や建造物に比べて描かれている人物は小さいのだけれど、みな動きや表情が豊かで面白い。ロベールは壮麗な舞台を出現させることよりも、むしろ一人一人の人間を描画することに注力したのではないかと感じた。つまり、活きた風景画にするために人間の姿を足したのではなく、非日常的な舞台を設えた上で、人間の日常生活を描き出す方に(それも優しい眼差しで)主眼があったようにも見える。例えば、『スフィンクス橋の眺め』など。

サンギーヌ画にみられる丁寧で緻密な事物のデッサンも、すべては人間を描くため(際立たせるため)だったという見方があっても良いかな。

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March 23, 2012


dailybunny:

Bunny Gives You the Cold Shoulder… Unless You Have Banana
Thanks, Frances!

わが家のウサギに後ろ姿がそっくり。バナナ好きなところも。

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Bunny Gives You the Cold Shoulder… Unless You Have Banana

Thanks, Frances!

わが家のウサギに後ろ姿がそっくり。バナナ好きなところも。

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March 22, 2012